肝中心静脈閉塞症/類洞閉塞症候群(以下、VOD/SOS)とは、造血幹細胞移植後の合併症の一つで、類洞と呼ばれる「肝臓の毛細血管」が血栓によってふさがれてしまい、血流障害が起きてしまうことによって周囲の肝細胞がダメージを受けて発症します。原因は、移植前処置に含まれる大量化学療法、全身放射線照射、免疫抑制剤、生着などが考えられています。
みぞおち右側の部分の痛み(右季肋部痛)、肝臓が腫れる(肝腫大)、全身が黄色くなる(黄疸)、お腹に水がたまる(腹水貯留)、原因不明の体重の増加などが主な症状です。
軽症の場合は、例えば尿の出をよくする利尿薬投与、水分制限などの対症療法だけで改善することもあります。しかし重症の場合、肝臓だけでなく、腎臓、呼吸器なども影響を受け、いわゆる「多臓器不全」となって死亡する可能性が高い合併症です。
VOD/SOSの発症時期は移植後早期(約3週間以内)であることが多いのですが、それ以降に発症する遅発性VOD/SOSというものもあります。
発症頻度は約5%から50%以上と報告によって様々です。この理由は用いられた診断基準が一定していないためですが、代表的な診断基準を用いた最近の報告では10~15%と言われており、決してまれな合併症ではありません。
発症の危険因子として、①移植関連因子 ②患者と疾患関連因子 ③肝臓関連因子 ④小児特有の因子の4つに大別されます。
最も確実な診断法は肝臓の一部を採取(=肝生検)して病理診断をすることです。しかしSOS/VODの発症時期が移植をして間もない時期で、血小板が十分に回復しておらず、また他の合併症のために出血のリスクが高いため、実際にはなかなかできません。この他にも体表から直接肝臓を生検するのではなく、頸静脈から肝臓へアプローチして肝生検をする方法も報告されていますが、特殊な技術と熟練を要するため、多くの施設ではできないのが現状です。このため、黄疸、肝腫大、腹水、体重増加などの臨床症状から診断することが一般的です。代表的な臨床診断基準として、ボルチモア基準、シアトル基準などがありますが、2016年には欧州血液骨髄移植学会から新しく診断基準が提唱され、21日を越えて発症する遅発性SOS/VODも定義されました。
SOS/VODの予防薬としてデフィブロタイドがあります。デフィブロタイドは血管内皮細胞に作用してSOS/VODの発症を予防すると言われており、特に小児ではその予防効果は期待されていますが、残念ながら2020年現在、日本では予防目的の使用は保険適応ではありません。日本で使える薬剤として、ウルソデオキシコール酸(UDCA)もSOS/VOD予防薬として注目されています。UDCAは胆石や慢性肝疾患に用いられる薬剤で、副作用や薬物相互作用も少ない比較的安全な薬です。
SOS/VOD発症割合はUDCA投与された患者さんで2.8%、投与されていない場合18.5%とUDCAを投与した方が発症が少なくなったという日本からの報告があります。一方、海外からの報告ではUDCAの投与で発症割合に差はなかったというものもありますが、2007年に発表された系統的レビューでは、予防効果ありと報告されています。
この他に、ヘパリン、低分子ヘパリン、プロスタグランジンE1製剤、アンチトロンビン製剤、新鮮凍結血漿などがSOS/VOD予防として用いられることがありますが、これらは欧米のガイドラインで推奨されているものではありません。
デフィブロタイドがSOS/VODの治療薬として使用されています。
メチルプレドニゾロンがSOS/VODの治療薬として有効であったという報告があります。その報告では48例中30例(63%)で治療開始10日以内に黄疸が改善傾向を認め、100日目の生存割合は58%でした。SOS/VODの治療薬として考慮してもよいかもしれません。しかし、メチルプレドニゾロンは強力な免疫抑制効果をもっているため、その後の感染症には十分留意する必要があります。
他に、遺伝子組み換え型トロンボモジュリン製剤も期待されています。この薬剤は汎発性血管内血液凝固症に対して保険適応のある薬剤ですが、SOS/VODに対しても使用経験も報告されています。しかし、未だ臨床試験としてその効果は検証されておらず、また重篤な出血の副作用も報告されているため、使用する際には十分な検討が必要です。
VOD/SOSの発症頻度は高くないものの、完全な予防法や治療法が確立されてはおらず、一旦発症し、重症化した場合には死亡率が高いため、今後も解決しなければならない課題の一つと言えます。