造血幹細胞移植では、多くの患者さんに口に関わる副作用が出現すると言われています。口に副作用が出ると、痛みで話せなくなったり、食事をとることができなかったり、唾液を飲みこめなくなってしまうなど、つらい思いをすることがあります。さらに、口の中の細菌により感染を引き起こすなど、治療そのものを邪魔してしまうことすらあります。このような症状をできるだけ防ぎ、安全かつ苦痛を少なく治療を乗り切るには、移植前から口腔ケアを行い、口の中を良い状態に保つことが大切です。
口の中は体の他の部分と比べて、非常に多くの細菌が生息しており、その種類は500~700種類もいることが知られています。歯の表面などに付着している細菌の塊を「歯垢(プラーク)」といいます。この歯垢1mgには1~10億もの細菌がおり、これは大腸の中と同じくらいの細菌の数になります。これら歯垢の細菌は、消毒薬やうがいだけでは減らすことができず、歯磨きなどによってこすり落とさなければなりません。
虫歯や歯周病などの歯の病気は、口の細菌によって起こります。たとえ本人に痛みなどの症状がなくても、口の中にはこのような細菌の巣がある事が多いのです。特に歯周病は、免疫力が低下したときに感染の源になりやすいことが分かっています。
このような特徴のために、お口は常に感染の源となる可能性があり、移植治療中はこの口の中の細菌が色々なトラブルに関わってきます。
抗がん剤治療や全身放射線治療は口腔粘膜の細胞にもダメージを与えます。そのため粘膜は非常に傷つきやすくデリケートになります。ひどくなると粘膜は剥がれて潰瘍(傷)をつくり、痛みや出血をおこします。通常、移植前処置が始まってから2~3日頃から徐々に症状が出てきます。7~12日目あたりが症状のピークで、感染などが起きなければ、3~4週目あたりには治癒します。
口内炎のできやすい所はほぼ決まっており、舌の両わき・頬の内側・口唇の裏などに見られ、歯肉や上あご、舌背(舌の中央付近)には殆ど起こりません。のどや食道の粘膜にも同じような症状が現れることがあります。
移植治療中、白血球の減少により体の免疫力は一時的にですが、非常に弱くなります。免疫力が弱まると、普段は何でもなかった細菌やウイルス、真菌(カビ)が強敵となってしまいます。
このような時には、今までは問題が無かった歯の病気(虫歯や歯周病など)が急に悪化して、感染の源になることがあります。口の細菌は時に血液の中にまで入り込んで、発熱など全身の感染に広がることすらあります。また、お口の清掃がうまくいかず、汚れが多いと、細菌だけでなくカビの一種であるカンジダや、ヘルペスなどのウイルスによる感染を起こす事もあります。
唾液腺(唾液を分泌する組織)が抗がん剤や放射線の影響を受けるため唾液の分泌が減ります。また、GVHDによっても唾液の分泌が減ります。口の中が乾燥すると、粘膜は傷つきやすくなり、口の中の汚れもつきやすくなります。
移植治療中に起きる口内炎や口の中の感染は完全におさえきることはできません。しかし、移植治療前に口腔ケアをしっかりと行うことで、起こる頻度を下げたり、起こったときの重症化を避けたりすることができる可能性があります。少しでも治療中のトラブルのリスクを下げるために、今日から口腔ケアを始めましょう。
移植治療前にきちんと歯科医の診察を受けることで、予測されるお口のトラブルを予防したり、症状を軽くして副作用が出にくいお口の環境をつくったりして、移植治療をスムーズに進めることができます。移植治療の始まる2週間前までに歯科医の診察を受けることが推奨されています。
歯科では、大きな虫歯や歯周炎など、移植治療中にトラブルになりそうな歯がないかをチェックし、そのような歯があれば、最低限、移植治療が落ち着く間まで問題なく過ごせるように応急的な治療をしていきます。また、クリーニング専門の機械を使って歯石やプラークを徹底的に落とします。そして、その状態を保つために患者さん自身で『正しい歯磨き』が行えるよう指導していきます。
患者さんの口の中の状況に合った清掃方法でケアを続けていきましょう。
a) 歯ブラシの選び方
b) 歯ブラシの管理
c) 歯みがきのコツ
d) 歯ブラシ以外の清掃補助用具について
うがいの目的は、大きな食べかすなどを洗い流し、口の中の粘膜を清潔に保ち、潤いを与えて粘膜を保護することにあります。
a) うがいの方法
移植中でも義歯は使用できますが、口内炎ができた場合、義歯の刺激で悪化することがあるので、食事以外はできるだけ外してください。毎食後、義歯を外して義歯用ブラシできれいに洗ってください。また、義歯を長時間外す時は、義歯用の洗浄液につけて保管しましょう。
喫煙していた方はたばこのヤニで歯・歯肉・粘膜が汚れており、粘膜の血行も悪く、絶えず刺激を受けています。そのため口内炎や感染が重症化する確率が高くなります。
口内炎ができてしまったとき、一番大切なことは「口内炎の傷から感染を起こさせないこと」です。その上で痛みを和らげて、なるべく早く治るよう対応を行います。
口内炎に感染が起きると、痛みは悪化し、治癒も遅れます。症状を抑えるためにも、できる範囲で口腔ケアを行い、口内を清潔に保ちましょう。口内炎の状態や痛みの程度に合わせた口腔ケアの方法は、医療者といっしょに相談しながらすすめていきます。
歯肉を傷つけることは感染や出血の原因となるため、出血や粘膜炎がひどいときは、歯ブラシを柔らかいものに変えてください。
a) 口内炎の時に使われるうがい薬
抗がん剤の影響により唾液が減っていることに加え、乾燥すると荒れた粘膜の痛みはさらに強くなります。うがい、水で口をしめらす、マスクをする、唇にはリップクリームなどをつけてうるおいを与えるようにしてください。
口内炎の痛みには、ある程度痛み止めが効きます。うがい薬に麻酔薬(キシロカイン)を混ぜることも効果的です。また氷のかけらやアイスキャンディーなどで口のなかを冷やすと、痛みが和らぐことがあります。それでも痛みがコントロールできないときはモルヒネ(医療用の麻薬)の点滴をします。痛みは我慢せずに医療者に伝えてください。
食事は粘膜に刺激を与えないように熱いもの、辛いもの、酸味のあるもの、かたいものは避けるようにしてください。口の状態に合わせて、食事内容の変更を医療者に相談してください。