移植後の復職や再就職までには、平均すると1~3年ほどの期間を要する人が多いようです。ここでは、移植後に職場復帰したり、新しい仕事に就いたり、転職したりした患者さんの話をもとに、そのポイントをご紹介します。
移植患者さんは、移植することが決まる前までに抗がん剤治療を継続していた人が多いので、ご本人やご家族の状況、職場の体制などにもよりますが、「病気休職」などの手続きをすでにとられていることも多いようです。そのような患者さんは、移植が終わって退院して一定期間の経過観察のための外来受診を続けながら、復職の準備を進めていくことになります。
病状や体調の確認、内服薬などの調整、感染症やGVHDの状態などについて医師や看護師とも相談しながら、復職できる、あるいは、復職したいと考える時期を設定し、それに向けて準備をしていきます。
病気休職などの制度を使って仕事を休んでいる場合は、職場関係者、上司と移植後の経過についての情報共有をしておくことが必要です。
仕事に復帰する際には、自宅から職場までの通勤について考えておくことが必要です。通勤のための距離、経路、移動方法をどのようにするかは、移植後の感染予防や筋力・体力低下を考慮して検討します。公共の交通機関を利用する場合、感染予防や階段利用のための体力の面から、混雑時間帯や車両を考慮します。また、駅やバス停と自宅や職場の間の移動は徒歩か、自転車を利用するのか、タクシーや自家用車を使うのかなど、自分自身の体の状態に合わせて、無理なく、負担なく通勤できる経路、時間帯、方法を考えておきます。
仕事の内容は、事務作業などのデスクワークの方は比較的早く復職されているようです。体力的に無理なく再開できる仕事のひとつだと思います。体を使う仕事や立ち仕事などは、基礎的な体力や筋力が必要となることも多く、仕事再開の初期というよりは段階的に活動量を増やすように、仕事内容を調整するとよいでしょう。
職場の環境も考慮が必要で、屋外の建築作業や農業・林業・漁業など、環境からの感染リスクが高くなる仕事内容は、移植後早期は控えたほうがよいでしょう。屋内であっても、感染リスクの高い人や物と接触する可能性がある場所での仕事は控えたほうがよいでしょう。
「リハビリ勤務」「復職プログラム」のようなことばを聞いたことはありませんか?常勤での勤務の場合、「1日8時間程度で週5日勤務」をフルタイムとして勤務時間が決められているところが多いと思います。この勤務時間を短縮したり、1週間の中の勤務日数を少なくしたりして仕事を再開し、段階的に1日の勤務時間や1週間の勤務日数を増やして、フルタイム勤務に移行していく措置をとることができる場合があります。このように職場と調整して、無理なく、段階的に職場復帰しましょう。
屋内での事務作業やデスクワークなどのあまり体を使わない仕事であったとしても、決められた一定時間、椅子に座って作業をすることでも、仕事を再開してすぐは、思いのほか疲れてしまうことがあります。仕事を再開する前には、実際に仕事ではどんな時間の過ごし方をするのかを想定して、自宅でも座って過ごす時間を増やし、軽い運動やウォーキング、家事などで体を使ったり、目や手足を使ったりして、療養・休養していた生活を切り替えた体力づくりをしておくことをおすすめします。
再就職や転職のために新しい仕事を探すときは、仕事の内容や働き方の条件(勤務時間、休日など)が自分の体調に合っているかを医師や看護師にも相談してみるとよいでしょう。仕事の内容に見合った体調か、外来通院のために休みをとることができるのか、勤務中に休息をとることができる場所があるか、困った時に相談できる場所があるか、感染リスクにどのように対処することが必要か、など、移植後の経過と仕事のバランスを一緒に考える相手を作ることも必要です。
新しい仕事に就くとき、病気や受けた治療、これまでの経過と現在の病状などについて、誰に、どこまで、どのように伝えるとよいのか、迷うこともあります。病気や治療のことを伝えることで、採用の決定や仕事の内容、信用度に影響が出るのではないかと不安に感じる人も多いと思います。「伝える」ことで、少なからず再就職や仕事に影響がないとは言えませんが、「伝えない」ことで得られる支援が受けられなかったり、周囲の理解が得られず職場内の人間関係に影響が及んだりすることも予想されます。「伝えない」こともご本人の選択によるところですが、ご本人自身が周囲から非難を受けるようなことにならないよう、十分考えることは必要です。
移植後の経過期間や体調、病状にもよりますが、移植後しばらくの間、一定期間ごとの外来受診が必要になります。どのくらいの間隔での外来受診になるのか、職場と病院の距離、来院する交通手段などと合わせて、外来受診の時間を確保できるよう調整する必要があります。お仕事に就く際には、どのくらいの頻度での通院が必要なのかを職場関係者(少なくとも直属の上司)に伝えて、配慮してもらう必要があります。
復職する人と同様に、職場までの通勤経路・通勤方法(交通手段)は、体力や感染リスクを考えて選択する必要があります。遠方への出張や転勤などの可能性についても確認しておくとよいでしょう。
復職や再就職し、病気・移植の前の働いていた自分をイメージして働き始めるのですが、予想以上に動けなくなっていたり、判断が鈍っていたりすることに驚くかもしれません。それは病気や治療のために長い間体も頭も仕事モードで使うことがなかったり、活動範囲も狭くなっていたりして、体力や集中力が以前よりも落ちたためでしょう。だんだんと仕事に慣れてくると、体力も集中力も回復してきますが、それまでの間は、できることとできないことを見極めることも大切です。
会社の責任ある立場の患者で、同じ立場で復職された後、しばらく会議で話の流れについていけず、大切な判断を難しく感じていた人がいました。その人は、自分の状況を受け止めて、会議の時間は短くし、重要な判断は急がないようにして、部下の支援を得たそうです。自分の体と仕事に対して責任を自覚されているからこそ、できた判断なのだと思います。
移植後の経過の中では、感染症にかかりやすいだけでなく、免疫抑制状態のためワクチンの効果が期待できない時期もあり、GVHDやそのほかの合併症など、体力や体調に影響する要素がたくさんあります。そのような中で、責任を感じるあまり、多くの仕事を請け負ったり、無理に仕事を続けたりすることが、自分の体にも職場にも悪循環となってしまうこともあります。強い味方になる周囲の仲間や上司と協力し合って、時には、責任と勇気をもって、休むべき時に休むことも大切です。
病気や治療をきっかけに仕事を辞めたり、休んだりした後、新しい世界を見つけて、勇気を出して飛び込んだ人たちもたくさんいます。次の機会を見つけるまでの時間に勉強したり、資格をとったりして、自分の得意分野や強みを増やしていかれた人もいます。以前の仕事とは全く違うものでも、今のその人の心と体と環境に合うものであれば、その人はどこにいても社会とつながり、大切な役割をもって活躍できることをみせてくれています。
*移植後は長期にわたって経過を観察し、合併症や晩期障害とつきあっていく場合もあり、職場の上司や同僚の理解や支援がとても大切になることを忘れないでください。そして、病気や移植という経験を通して得られた自分(ご本人)の強さや豊かさの価値を大切にしてください。
職場の規模や体制などにより異なりますが、その職場で仕事に関連して活用できる支援制度があります。いくつかの例を紹介しますが、利用のための要件や手続きなど、詳しくはご自分の勤務先の就業規則や支援制度をご確認ください。
産業保健スタッフ |
50人以上の従業員のいる事業場では、その人数に応じて非常勤もしくは常勤の産業医を置くことが定められています。そのほかに、産業保健師、産業看護師などが配置され、従業員の健康管理や保健指導を行っています。 |
病気休暇 | 年次休暇とは別に取得できる病気のための休暇。勤務先で設定されている日数や制限となることなどを確認するとよいでしょう。 |
試し(慣らし)出勤制度 | 復職直後などの仕事開始時期に段階的に慣れていく期間を設けているところもあります。 |
時差出勤制度 | 通勤ラッシュ時間を避けるなどのために、始業時間をずらして出勤することができます。 |
フレックスタイム制度 | 決められた勤務時間のうち、コアとなる時間帯の出勤があれば、その前後の時間を短縮することができます。 |
時間単位の休暇制度 |
時間単位、半日単位などで休暇を申請できます。 |
在宅勤務制度 | 出勤しなくても在宅でできる業務を一定時間行い、それを勤務時間とすることができる制度です。 |
失効年次有給休暇の積み立て制度 | 失効した年次有給休暇を積み立てて、病気等で長期療養する場合に使えるようにする制度です。事業場によって、上限となる日数や利用できる日数が決められているので、確認してみましょう。 |
所定労働時間の短縮制度 |
病気療養中や療養後の労働時間を一定時間短縮して負担を軽減できる制度です。 |
長期療養者就職支援事業 |
長期療養が必要な方の就労支援相談員をハローワークに配置。がん診療連携拠点病院等とも連携して、職業相談・職業紹介等を実施しています。詳しくは厚生労働省のホームページをご参照ください。 |